スポーツ日記

2005年07月28日

レアルマドリードv.s. ジュビロ磐田ーロナウド走れるじゃん!ー

raul昨日はご招待していただき、味の素スタジアム行ってきました。月曜は大雨だったし、水曜にして大正解ヒルズの駐車場を5時過ぎに出たので6時前には着いた。早すぎかと思ったら駐車場があと2台で満車っていうところで、超ラッキーゆっくりご飯を食べて、7時15分予定通りキックオフ

開始早々、レアルが見せてくれた。ラウルから始まり、スルー、パスを経て、走りこんだラウルが押し込み、ゴールこの間1分未満。この辺の速さと決定力がやはり日本のストライカーとの大きな差だろう最初の15分はさすがと思わせるプレーの連続で、非常に盛り上がった

ベッカムは右からミドルパスを出すだけでまったく前線に出ず、いいところ全くなし。オーウェンも?頑張っているのはラテン系だけって感じだった。

特によかったのがフィーゴ後半からの出場だったが、ディフェンスを何度も振り払い、シュートを数本はなっていた。そのうち1本はさすがという感じフリーになれるだけでなく、その上シュートも決めていた頃のフィーゴは、本当に素晴らしい選手だったのだろうということを証明してくれるプレーだった。特に終了直前、おしくもオフサイドになったロナウドへのパス、そしてロスタイムのロナウドのゴールにつながるスルーパスは圧巻だった

ロベカルは相変わらず素晴らしかったが、サイドラインを駆け上るいつものプレーは見られず、60%の力しかだしていない感じロナウドはMVPに選ばれたそうだが、立て続けにシュートを放った最後の10分以外は精彩を欠いていた。何本かよいパスをもらっていたのに追いつけず、太りすぎで”遅すぎ”ロスタイムのフィーゴのパスに反応したときだけが”ハヤ”ってかんじでした。最後の川口の股をぬいたシュートは文句なかったけどジュビロでは名波と福西がよかった。川口もロナウドのフリーキックもう少しで止めれそうだったし、頑張っていた。

最初と最後の15分は特に素晴らしいよい試合でしたサッカーも面白いまた機会があったら行きたいです


cornell5553 at 20:19|この記事のURLComments(5)TrackBack(0)

2005年05月03日

ユーフォリーヨットクラブゴルフサークルー桜がきれいだったー

golf先日、常磐の内原ゴルフクラブでラウンドした。メンバーは私のほか、ユーフォリーヨットクラブで一緒だった写真のお二人二人とも外資系投資銀行にお勤めだ。天気は、風もそれ程なく、ゴルフ日和だったラウンドするのは今年2回目だが、99年以来一、二度を除いてラウンドしていなかったので、前回のオーク・ビレッジは悲惨だったサンドやアプローチの感が戻らず、大たたきもあった今回は何とか100プラスアルファでまとめられた。まあ、久しぶりなので満足

今回のラウンドは本当〜に、ゆったりできた前回は後ろから打ち込まれたりして、散々だったが、今回は中高年のゴルフ馴れされた方が多かったことが一つ。二つ目にはコースがフラットで、散歩にはちょうどよかったこと。三つ目には古くからの付き合いの仲間と廻った事があろう。四つ目は天気。これだけ条件がそろうことも珍しいかもしれない

しかし、やはり一番の理由は二つのき、樹と気だろうか?まだ咲いていた背の高い、まっすぐに立つ桜などの花々の美しさに癒されたそしてアルファー波一人の話では、このゴルフ場は昔からあった雑木林を活かして造成されたらしく、木々が植樹されたわけではないとのことだった。それで樹から放たれるアルファー波が多いのでこんなに気分がいいのではという結論になったウンチクの多い、理論的な人も含む3人ともが納得したのだから、確かなのだろう

ゴルフはスポーツとしても楽しいが、景色を楽しみ、癒されるのがまた、いい。コースによって表情が異なるのも魅力だその違いは、ゴルフというスポーツを楽しむ上での違いもあるし、池、林のレイアウトによる景観の差もあるだろう動物好きには池に住む鴨やあひる、今の季節ならうぐいすとの遭遇も楽しみだ

昔はゴルフがあまり好きでなかった。ゴルフよりもヨット、テニスという感じだった。ようやくゴルフのよさを理解できる大人になったということか


cornell5553 at 16:04|この記事のURLComments(3)TrackBack(1)

2005年05月02日

葉山マリーナでクルージングー海なしでは生きられない?−

Fianco先週末、今年初のクルージングに葉山マリーナへ行ってきたユーフォリーヨットクラブのメンバーだった医者の友人に、毎年誘っていただいている。お蔭様で大学時代からの海とのつきあいが今でも続いている写真がその船。ユーフォリーと違い、モータークルーザーだ。イギリス製の38フィートのきれいな船

葉山マリーナは子供の頃から縁がある。当時は宿泊施設を備えていたこのマリーナに、よく泊まりに行っていた。ツバメがいつも巣を作っていて、それがもの珍しく大騒ぎをしていたのを、今でもよく覚えている関西の割烹である浜作の支店があり、夕食をとりに東京から食事に出かけることも多かった。しっかりとしたつくり込みがなされ、出されるもの全てがおいしかったが、特にすっぽんの雑炊とじゅんさい入りの赤出汁がお目当てだった子供の頃からおいしいものには目がなかったし、子供っぽくないものが好きだったようだ大学の頃はドライブがてらよく立ち寄った。そして95年から2001年まではユーフォリー(Benetau Fast37)を置いていた

そして2000年ぐらいだったか、前述の友人がモータークルーザーを置き始め、2000年と2001年にはヨットクルーザーとモータークルーザーと両方に乗る事ができたユーフォリーを売却後はモータークルーザーのみだ

ヨットは操作が大変だ。熟練したクルーがやはり3人は欲しいところだ。3人そろわなくなりユーフォリーを売却することになったが、やはりヨットが恋しい特に波が小さいときに海面をすべっていく感覚と、肌で感じる微風はモータークルーザーでは味わえないものだユーフォリーを手放した後はこの風を感じたくて、車をカブリオレに乗り換えて現在に至っている

そうはいっても海に出られるだけでも素晴らしいストレスが自然と発散される何もさえぎるもののない海面を走り、日光を浴び、ビールを飲み、行きかうヨットや陸の景色を眺めているだけでも幸せだ

最近は癒されたく、滝や山にも惹かれるが、やはり海が好きだ学生時代は週の半分は海で過ごしていた引退した後には海の見える場所に住むのが夢だ夢の達成のために、仕事頑張ります


cornell5553 at 10:56|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2005年02月07日

ユーフォリーヨットクラブ新年会

Benetau大学時代は学内のサークルでディンギー(小さいエンジンなしの1−2名乗りのもの)、学外でクルーザー(エンジン、船室がついた船。その中でマストがついているセーリングクルーザーがヨットに分類される)と、オンシーズンは週に2回は三浦半島でヨット漬けの生活でした。趣味が嵩じて書いた卒論もヨットの歴史ちなみにヨットはオランダで17世紀に始まり、クロムウェルにより王位を追われたチャールズ2世がオランダ亡命中にヨットに触れ、1660年の王政復古後にイギリスに持ち帰りました。テームズ川で弟のジェームス(後のジェームス2世)と二艇で競争したのが歴史に残るヨットレースの始まりだそうです。この時は王族・貴族を招いて酒食を楽しみながらの賭けレースでだったそうですが、このとき以来、ヨットは長くお金持ちのスポーツという時代が続きます。ヨットが一般大衆のものとなったのは、第2次大戦後のディンギーの普及以降のことだそうです。
 
当時の夢はいつか自分の船を持つことでしたが、その夢は20代のときに株で数千万円の実利を得て、達成されました。船を買った残りの資金で米国留学し、帰国後参加したのがユーフォリーヨットクラブです。高柳広君という東大医学部出身の医者が中心になって結成されました。メンバーは彼の東大での教養学部時代(すべての東大生は1年、2年は教養学部に属する)のクラスメイトとその博報堂の同期、医学部での同期、彼が所属していた東京大学シーラークヨットクラブの仲間、そのソロモンブラザースでの同僚、その大学の同期でした。その後私や、弁護士のメンバーなども加わりましたが、個性も豊かで、いろいろな職業についているメンバーが集まり、ヨットを楽しむだけでなく、様々な話ができて非常によいチームでした。一時人脈作りのための異業種交流会などが流行しましたが、我々はヨットを楽しみながらそれができたので、ある意味非常にラッキーだったと思っています。フランスベネトウ社のFAST35.7という船を二艇乗り継ぎましたが、特に最初の船は有名デザイナーフィリップ・スタルクの作品で、四角でなく丸い窓が特徴の非常に美しい船でした。
 
メンバーの多くが結婚して船に来ることも少なくなり、2001年に船を売却しました。しかしその後もたまにメンバーで集まっています。今回もメンバーの一人でL.A.のKIRKLAND & ELLIS LLPに属する弁護士が、一時帰国したのを機に集まりました。高柳君は欠席でしたが、UBS,日興シティグループの二人と5人が集まりました。皆のタイトルがエグゼクティブ ディレクターとかマネジング・ディレクターとかになっているのを見ると、皆偉くなったものだとか、年をとったものだと感傷的になりました特に高柳君はNATUREという1度でも載ることが名誉だというイギリスの最高権威の研究雑誌に、最近ついに3度目の掲載を果たしたそうです。皆に負けずにまだまだ頑張らなくてはという思いが強まりました
 

cornell5553 at 19:32|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

2005年02月02日

スポーツ上達はオフシーズンの頑張りで決まる!!

三崎マリンスポーツといえば、やはりオフシーズンの冬にライバルに差をつけたり、縮めたりするのが常道でしょう。大学在学中に、油壺三崎マリンにおかれていたリップルという横山31のレーシングクルーザーにクルーとして乗船していた時期も、この冬の練習でライバルに追いつくことができました。前年のシーズンでNORCの外洋レースに初参加した我々の成績は、散々たるものでした。硲オーナーは大の負けず嫌いで、東京大学シーウインドヨットクラブのメンバー二人(私を含む)、OBの三井物産新人、その物産での同期の東大体育会ヨット部OB、慶応大学学生からなる我々5名のクルーに、冬の猛練習を課しました。11月から2月のレースが開催されないオフシーズンにも、毎週日曜日、雨どころか雪の日も、朝から夕方まで練習を行いました。大雪で首都高速道路にチェーン装着が義務付けられた日にさえ、練習は行われました。入り口で警官に止められた際に、硲オーナーが愛車のBMW735のタイヤを指差し、”これはスノータイヤだから大丈夫だ”と告げて無理やり首都高に入り、スリップしながら命からがらハーバーにたどり着いたのも、今ではよい思い出です。実際は、強風、大波の中、あられがほほに突き刺さる中での猛練習は相当きつかったですがその猛練習の甲斐もあり、またノースセールの川島さんという名ヨットマンをスキッパー兼コーチに迎えたこともあり、リップルは3月末の初島弥生レースでクラス3位入賞の快挙を成し遂げました前シーズンの下から3位ぐらいから本当の3位への躍進でした。

この成功経験により、今回の冬のゴルフレッスンを決断したわけです。週に1回レッスンに通うことなど、この時の経験とは比べようもありませんが、まあもう若くないから簡単ではないですね。


cornell5553 at 18:26|この記事のURLComments(1)TrackBack(0)

2005年02月01日

理論的なゴルフスクールをついに発見!!

GSI先週末は今年の抱負にあるように私生活も充実できたと思う。満足。まずゴルフを春シーズンから再開するため、特訓開始!業界友達の楽天執行委員に紹介してもらったゴルフ科学研究所のレッスンに通い始めた。私が通っているのは恵比寿の支部のほう。駅の向いの三井住友銀行のビルにあり通いやすのはもちろんだが、なんといっても決め手となったのは、その指導が理論的であるところ。まず何球か打ってみて、その後に自分のフォームを画面で見られる。この教室では、ゴルフは3点のチェックポイントが基本と教える。1.左上方から右下方に45度に引かれた線に自分のスイングが重なるか2.打つときのフェースが前を向いているか3.打点はいつか 私は1.についてはほとんど合格。45度線にスイングがほとんど重なった。問題は2.と3.がよく分かっていないので、ドローやフェード、ボールを低く打ったり、高く上げたりと打ち分けられないこと。最初のトライアル講座で自分の問題点がよく理解できた。以前、あるゴルフ練習所でレッスンを受けたことがあるが、そのレッスンは非論理的で、頭をアイアンで抑えつけられながら”頭動かすな”とか言われるような類だった。そうした経験で、”もうレッスンは懲り懲りだ”と思っておられる、理論派の貴兄にお勧めのゴルフ教習所です。


cornell5553 at 18:41|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)