2005年06月10日

ミハイル・プレトニョフー気難しそうな巨匠、本当はいい人ー

ミハイルサントリー・ホールの聴衆の前に現れたプレトニョフはプロフェッサーという風格を備えていた観客に全く媚びることがなく、”うん、うん”という感じでうなづきながら拍手に応えている。ピアノまでたどりつくと、座るや否や、おもむろに弾きだした

曲はベートーベンのピアノ・ソナタ第7番。第1楽章からその情熱をぶつける演奏に、観客は緊張感を強いられる。まさに、真剣勝負といった趣だようやく第1楽章が終了し、”さあ緊張をときほぐし、一息つき、第2楽章の”悲しみ”の主題を堪能しよう”と思ったら、ほんの5秒ほどの合間でまた弾きだしたこれでは、会場にいっぱいいらっしゃるおじいちゃんたちは、咳払いもできないので、苦しいだろう

第2楽章も非常に重い主題に、重い演奏。息を抜く暇を与えられなかった聴衆は、その素晴らしい感情表現と超絶技巧のラッシュで、疲れを強いられていく第3楽章、第4楽章へもやはり、ほとんど間がなしに進行していく観客にあわせることなどせず、”ベートーベンの音楽に集中した精神状況を中断させたくない”という思いなのだろうまさに、商業主義に毒されていない、本物の巨匠だ思わぬ展開に、”この緊張感の中で誰かが物を落とすとかそそうをしでかしたら、公演ドタキャンで有名なミケランジェリのように、この気難しそうなロシア人は怒って帰ってしまうのでは”という思いがめぐったまさにその時、”バタン”という大きな音が会場に響き渡った”やばいよ〜”と思って顔を見るが、曲に集中していて気づかないのか、怒っているのか定かではない。難しい顔をしているのだけは確かであるそして、ありえないことが起こる上記のどちらの理由かわからないが、なんと、演奏を中断せずに、次の曲、ベートーベンのピアノ・ソナタ第8番”悲愴”へとなだれこんだのだ

第1楽章の演奏は私がもっているケンプ版などよりも遥かに素晴らしい演奏で、”あー、怒っているんじゃなくて、集中しているからそのまま演奏したかったのかな”と感じられた。しかし、極度の緊張をほぐすための楽章と楽章の間の数十秒の間を与えられず、さらに、曲と曲の間の数分間も与えられず、聴衆の疲労は濃くなっていく。真剣に聞いていると疲れるのである、ベートーベンはそれ以前のモーツアルト、ハイドンのロココ調の優美な、メロディアスな曲と異なり、このベートーベンの第7番から、人間の内面の情熱をほとばらせる曲が出現したわけである。当時の人の驚きは、ストラビンスキーの春の祭典に大ブーイングが起きた時に匹敵する驚きであっただろうモーツアルトならともかく、このベートーベンのソナタ2曲を、この巨匠の演奏で連続で聞くのはきついこの激情の第1楽章の後の第2楽章はそうした事情もあり、まさにラフティングで激流を抜けた後の、広い、静かな流れに出たときのように、激しい雷雨が去った後の静けさのように、いつもにまして美しく感じれらた

悲愴の後は休憩をはさんで、ショパンの24の前奏曲休憩でMUMMのシャンパンを飲んだので、気分も軽やか私が持っているポリーニ版に劣らぬ名演奏だったしかし、この夜のコンサートが最も盛り上がったのはアンコールだったアンコールは演奏時間も短く、1曲終わった後に巨匠が立ち去るので数分の休憩もとれ、聴衆は演奏に集中できる。そのため、遂に巨匠と聴衆の心が一つとなり、スタンディング・オベーションが起こるそうなると、巨匠はアプローズにうん、うんとうなずき、また座るや否や演奏を始める。リストの小曲を弾き終え、2曲目のアンコールが終わったところで帰ってしまったかわいそうな客も結構いた。しかし、巨匠と観客の一体感は強まっているので、2曲目のスタンディング・オベーションは1曲目よりも盛り上がったその様子を見ると巨匠は”ふー”と大きなため息をつくと、中曲を弾き始めた、ショパンのノクターンこの演奏は白眉だったもちろん、さらなる絶賛のアプローズが吹き荒れるすると、なんと、巨匠は4曲目のアンコールを引き始めたのであった

この4曲目のアンコールは流石にみんな予期していなかったので、感動していた。気難しそうで、観客のことなんかまるで考えずにマイペースで演奏する”やな奴”かと思ったが、それは単なる曲へ集中するための職人意識だったわけだ。本当は、疲れているのにアンコールを4曲も演奏してくれる”すごいいい人”だったのだ

あれだけ集中しながら、感情を入れ込んだ、しかも技巧の高い演奏を休みなしにしているわけだから、その疲れは並大抵ではなかっただろう聴いているだけでも、これだけ疲れたのだから3曲目のノクターンを演奏する前のため息は、”すごい疲れているんだけど、これだけ感動してくれているのだから、小曲ではなく、中曲を弾くか”という言葉の表れだったのだろう

かつて、LAでキーシンのリサイタルを聴いた時、5回のアンコールがあったそのときも感動したが、昨晩の感動には及ばないだろう。プレトニョフの本当のファンになりましたただし次回は曲にもっと集中できるように、曲と曲の間はもちろん、楽章と楽章の間にもっと時間をさいてほしいものだ


トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔