2005年02月07日

ユーフォリーヨットクラブ新年会

Benetau大学時代は学内のサークルでディンギー(小さいエンジンなしの1−2名乗りのもの)、学外でクルーザー(エンジン、船室がついた船。その中でマストがついているセーリングクルーザーがヨットに分類される)と、オンシーズンは週に2回は三浦半島でヨット漬けの生活でした。趣味が嵩じて書いた卒論もヨットの歴史ちなみにヨットはオランダで17世紀に始まり、クロムウェルにより王位を追われたチャールズ2世がオランダ亡命中にヨットに触れ、1660年の王政復古後にイギリスに持ち帰りました。テームズ川で弟のジェームス(後のジェームス2世)と二艇で競争したのが歴史に残るヨットレースの始まりだそうです。この時は王族・貴族を招いて酒食を楽しみながらの賭けレースでだったそうですが、このとき以来、ヨットは長くお金持ちのスポーツという時代が続きます。ヨットが一般大衆のものとなったのは、第2次大戦後のディンギーの普及以降のことだそうです。
 
当時の夢はいつか自分の船を持つことでしたが、その夢は20代のときに株で数千万円の実利を得て、達成されました。船を買った残りの資金で米国留学し、帰国後参加したのがユーフォリーヨットクラブです。高柳広君という東大医学部出身の医者が中心になって結成されました。メンバーは彼の東大での教養学部時代(すべての東大生は1年、2年は教養学部に属する)のクラスメイトとその博報堂の同期、医学部での同期、彼が所属していた東京大学シーラークヨットクラブの仲間、そのソロモンブラザースでの同僚、その大学の同期でした。その後私や、弁護士のメンバーなども加わりましたが、個性も豊かで、いろいろな職業についているメンバーが集まり、ヨットを楽しむだけでなく、様々な話ができて非常によいチームでした。一時人脈作りのための異業種交流会などが流行しましたが、我々はヨットを楽しみながらそれができたので、ある意味非常にラッキーだったと思っています。フランスベネトウ社のFAST35.7という船を二艇乗り継ぎましたが、特に最初の船は有名デザイナーフィリップ・スタルクの作品で、四角でなく丸い窓が特徴の非常に美しい船でした。
 
メンバーの多くが結婚して船に来ることも少なくなり、2001年に船を売却しました。しかしその後もたまにメンバーで集まっています。今回もメンバーの一人でL.A.のKIRKLAND & ELLIS LLPに属する弁護士が、一時帰国したのを機に集まりました。高柳君は欠席でしたが、UBS,日興シティグループの二人と5人が集まりました。皆のタイトルがエグゼクティブ ディレクターとかマネジング・ディレクターとかになっているのを見ると、皆偉くなったものだとか、年をとったものだと感傷的になりました特に高柳君はNATUREという1度でも載ることが名誉だというイギリスの最高権威の研究雑誌に、最近ついに3度目の掲載を果たしたそうです。皆に負けずにまだまだ頑張らなくてはという思いが強まりました
 

cornell5553 at 19:32│Comments(0)TrackBack(0)スポーツ日記 

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